服部正 研究室 ウェブサイト

甲南大学文学部人間科学科に所属する服部正(美術史、芸術学)のウェブサイトです。
アウトサイダー・アート、アール・ブリュット、障がいのある人の創作活動などを研究領域として、調査研究、著述、展覧会の企画などを行っています。

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ベルギー便り 04~オランダ小旅行、Art Brut BiënnaleとMuseum van de Geest

2026年05月26日

5月12日から数日間、オランダに行ってきました。5月半ばというのに日中も気温10度前後の極寒の旅でした。

第一の目的は、オランダ東部の小さな町ヘンゲローで開催されているArt Brut Biënnaleを見学することでした。Art Brut Biënnaleは2012年に始まり、その後2015、2018、2022、2023年に開催されており、今回が6回目の開催ですが、資料が乏しく詳しいことは分かりません。ウェブサイトには、主催する財団が「参加する健康医療分野の機関と芸術関連の機関との間の新たなパートナーシップ構築の推進力となることを目指しており、この独特な芸術実践が守られ、今後も発展し続けられるようにすることを目的」とすると書かれており、福祉セクターが中心となって運営されていることが想像できます。

展覧会は5月9日から17日まで開催され、国内外から約200名のアーティストが参加し、約1500点の作品が展示される大規模なものでした。主催者側が出品を依頼した作家もあれば、応募されたもののなかから選考された作家もあるようです。日本からも、おそらくあしょげぶセンター(愛知県障害者芸術文化活動支援センター)の関係と思われる9人の作家の作品が出品されていました。

全体的に見れば、展示された作品のクオリティには幅があり、Ezekiel Messou、Jon Sarkinのようにポンピドゥーセンターなどの世界の主要美術館に収蔵されている著名な作家もいれば、まだあまり知られていない作家もいましたが、招待や選考を経ているだけあって最低限のクオリティは担保された展覧会でした。大きな会場の半分に多くの壁を立てて細かくブースを区切った展覧会で、作家本人が展示されている作品の前で説明をしていることも多く、1人1点の出品作を隙間なく並べるような日本で一般的な障害者の公募展よりは、どちらかというとアートフェアや美術大学の卒展のような雰囲気でした。

巨大な機械工場跡の会場の残りの半分のスペースでは、オランダ各地の障害者の事業所で制作されている陶器やテキスタイルや木工品などの製品の物販ブースとなっていて、職員の方や当事者の方もたくさんおられました。物販ブースに出店している事業所の中には、陶器やテキスタイルの商品を「アール・ブリュット」と表記しているところもあり、日本と同様の用語の混乱が見られました。そのあたりは、隣国同士でもベルギーとはやや異なる運営が行われているようですが、今後もう少し調査してみたいと思います。会場にはカフェや創作スペースもあり、オランダで創作的活動を行っている福祉事業所が集まる大規模なお祭りのような雰囲気でもありました。

オランダ北部の町ハールレムも訪問し、Museum van de Geest(心の博物館)も見学してきました。この博物館は、15世紀初頭からハンセン病患者の隔離施設や精神科病院として使われていた建物を改築して2005年に開館したMuseum Dolhuys(精神病院博物館)が、2020年に現在の名称に変更されたものです。その名前の通り、人の心の多様性をアピールするような展示となっており、その分かりやすく親しみやすい展示方法で子どもにもアクセスしやすく、その点が博物館業界で高く評価されています。しかしその分、当時の精神医療や現代社会における問題点などを深く掘り下げる学術的な姿勢は弱く、啓発的な展示内容となっているともいえます。

またここは、Museum Dolhuysと呼ばれていた2012年に「Outsider Art form Japan」展が開催された場所でもあります。その名残と思われますが、常設展示室の「あなたは自分自身でいられるか?」という展示コーナーに澤田真一さんの作品が1点展示されていました。企画展示は「New Old! The Art of Growing Older」というもので、高齢化社会の中で溌溂と生きる高齢者をとらえた写真を大きく引き伸ばしたバナーとテキストの展示を通じて、加齢を肯定的にとらえる価値の転換を促す啓発的なものでした。



帰路、アムステルダムにも立ち寄ってアムステルダム市立美術館も見学してきました。入場料は22.5ユーロ(約4,200円)と高額ですが、それに見合う盛沢山な内容でした。500点を超える大規模なコレクション展(時代順ではなく細かくテーマを設定した展示で、1972年に個展が開催された工藤哲己の作品も展示されていました)のほか、中二階の階段とエスカレーターのスペースには2024年にアムステルダム芸術賞の年間最優秀作品賞を受賞したファリダ・セドック(Farida Sedoc)のインスタレーション「Social Capital」、アムステルダムのデザインチームExperimental Jetsetによる音楽の記憶メディアに関するインスタレーション作品「Circuits」、スキポール空港の内装デザインを行ったたことで有名なオランダを代表するデザイナーのひとりコー・リアン・イエ(Kho Liang Ie)の包括的な回顧展、ABN AMRO Art Award 2025の受賞者イヴナ・エサヤス(Ivna Esajas)の美術館での初個展、ベトナム出身のアーティストで国立国際美術館でも個展を開催したベトナム出身のヤン・ヴォー(Danh Vo)の新作を中心とする大規模な展覧会「πνεῦμα (Ἔλισσα)(霊魂)」、今日の社会における男性性をテーマにした野心的な企画展「Beyond the Manosphere」が開催されており、1日かけても十分には鑑賞できないほど充実した展示でした。体感的には国立国際美術館と中之島美術館をハシゴするよりもボリューム感があり、そう思えば高額なチケット代も納得です。


ちなみに、アムステルダム市立美術館では、チケット売り場はほぼ完全に廃止されていて、かつてチケット売り場があったカウンターの上に大きくオンライン決済のための二次元コードが表示されていました。事前にチケットを購入していない人も、その場で各自のスマートフォンでチケットを購入してくださいということです。チケットを販売する人手や、収入やお釣りなどの現金の管理から完全に解放されることには経営上大きなメリットがありそうです。フロアマップや音声解説もすべて各自のスマートフォンで受信するようになっていました。全員がスマホを持っていてカード決済ができることが前提となっている仕組みで、そこには何らかのバリアがありそうな気もします。あらゆることがカード決済となっているため、子どもがある程度の年齢になったら、親が出入金を管理できるデビットカードを子どもに持たせて、お小遣いもそこに振り込むというというのが一般的なんだそうです。

ベルギー便り 03~リエージュにて、Trinkhall MuseumとCréahmの展覧会

2026年05月09日

4月30日(木)にリエージュで見学した3つの展覧会について報告します。

ブリュッセルから電車で約1時間のリエージュに行った第一の目的は、障害のあるアーティストの作品を中心に展示する美術館Trinkhall Museumでの新しい展覧会のオープニングです。

地階の特別展示室では、「Ancrages(停泊地)」と題してDanièle LemaireとHélène Locogeの親子展が始まりました。ダニエール・ルメールはベルギー中西部の都市ラ・ルヴィエール(ベルギーを代表するサッカー選手エデン・アザールの出身地)にあるアトリエ・デュ・94で30年活動を続けた障害のあるアーティストで、彼女の母親のエレーヌ・ロコジュは1930年代のベルギーでのシュルレアリスムと抽象絵画の運動にも加わったベルギーの画家です。2人はダニエールが30歳の時まで共に暮らしていました。ダニエールの作品には、戦後に肖像画家として活躍した母の影響が見られるとされています。展覧会の解説文で館長のカール・アヴェランジュ氏は、エレーヌのような障害のある美術家を宇宙からやってきたかのように語ることを批判します。そのような捉え方は彼らを「ルーツ、歴史、文化から切り離し、空想上の異質性という枠に閉じ込め」てしまうからです。この展覧会をダニエールの個展にせずに親子展としたのは、そのような見方を否定し、母やその他の社会からの影響の中で彼女の作品を理解するためです。そこには、障害のあるアーティストを社会の「アウトサイダー」としてはとらえないというこの美術館の現在の姿勢が鮮明に表れています。

美術館の1階(日本でいう2階)は、同館のコレクションによる展覧会のスペースですが、その展示も同じタイミングでリニューアルされました。こちらのテーマは「Altérités(他者性)」で、オーストリアのヨーゼフ・ホファーやアメリカのダン・ミラーなどの著名作家の他、ベルギーを中心にヨーロッパ各地で活躍するアーティスト20名の作品が展示されており、そのほとんどは障害者のためのアトリエで制作活動を行っているアーティストです。展覧会にタイトルに「他者性」という言葉を用いることは、企画展での主張とは矛盾するようにもみえますが、ここでもアヴェランジュ氏は「他者性とは、制度的で状況的なものであり」、それは「アトリエの親密さの中で超越される」ものであるといいます。そして、人為的な他者性から解放される時、「他者性は私たちに共通して分かち持たれる一つの内面性」となるというのです。ここでも、障害のあるアーティストを外部の「他者」としないという姿勢は一貫しています


リエージュといえば、障害のある人の芸術に関わる人のなかには「クレアム(Créahm =Création et Handicap Mental)」の名前を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。ちょうどこの時期、ベルギーを代表するこの障害者のためのアトリエの作品が2ヶ所で展示されていましたので、それも見学してきました。

ひとつめは、市の中心部に近い画廊「Les Drapiers」での「Libre Botanique(自由な植物)」展です。クレアムで活動するアーティストの作品の中から、植物を描いた作品や植物と関係がある作品を選んだ展覧会です。この画廊がある地域は、かつて織物業が盛んで職人の工房が多く立ち並んでいたそうで、画廊の建物もそのうちのひとつを改装したものです。(そういえば、リエージュは古くから毛織物産業の中心地だったと世界史で学んだことを思い出しました)。間口は狭いのですが奥行きは広く、3つの建物に分かれた展示室には光が溢れ、親密な雰囲気で見応えがありました。場所柄、普段はテキスタイルの展覧会を中心に展示を行っているそうです。展示された作品は小品が中心で、多くは数百ユーロという比較的手頃な価格帯だったこともあって、その多くがすでに売約済となっていました。オープニングにはクレアムのアーティストたちも来て盛況だったとのことで、その様子はクレアムのfacebookの3月16日の投稿にアップされています。


もうひとつは、市の中心部からバスで40分ほど離れた郊外にある建築設計事務所UMAN Architect s.a.が会社の事務所の壁にクレアムの作品を展示し、それを予約制で一般公開するというものです。展示期間中の水・木・土曜日の終業時間近くの2時間半程度の枠の中で事前にウェブサイトで予約をして訪問します。私は連休前(5月1日はメーデーで祝日)の木曜日の16時に訪問しました。ちょうど社員の多くが帰宅する時間帯で、まだ残って仕事をしている人もちらほらいましたが、それを横目に約20点の作品を見せてもらいました。この会社の設計思想の中には、1970年代までは建築の中に普通にあった美術を現代の建築にも取り戻したいという思いがあるとのことで、それを体現するために、事務所自体でも年4回展覧会を企画しているそうです。普段は現代アートの作品を展示しているようですが、クレアムの作品も時々展示してきました。オープニングは多くの人でにぎわったそうですが、郊外のオフィスなので、普段はそれほど多くの訪問者があるわけではないようです。それでも、一般の人々に会社を開放することは自分たちにとっても刺激になって良いし、打ち合わせに来た訪問者にも好評とのことです。作品は大型のものも多く、300~800ユーロ程度の価格設定でしたが、やはり多くの作品がすでに売却済になっていました。社員が購入することもあるそうです。事務所の中なので写真は建物(このオフィスビルの1階に訪問した事務所があります)の外観だけをアップしますが、クレアムのfacebookの4月20日の投稿には展示の様子やオープニングに集まった人々の様子が掲載されています。

Trinkhall Museumのウェブサイトはこちら

Créahmのウェブサイトはこちら

Les Drapiersのウェブサイトはこちら

UMAN Architect s.a. のウェブサイトはこちら

5月17日のInternational Day Against Homophobia, Biphobia and Transphobia (IDAHOBIT)が近づくにつれて、町にはレインボー・フラッグが増えてきました。写真は、ブリュッセルのフォレスト地区にある現代美術センターWielsの前の交差点です。横断歩道が真新しくレインボーに塗り替えられていました。こんな大胆で目を引く啓発活動は、日本ではなかなか実現が難しそうです。