服部正 研究室 ウェブサイト

甲南大学文学部人間科学科に所属する服部正(美術史、芸術学)のウェブサイトです。
アウトサイダー・アート、アール・ブリュット、障がいのある人の創作活動などを研究領域として、調査研究、著述、展覧会の企画などを行っています。

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ベルギー便り 06~ルーヴェンとアントワープの展覧会

2026年06月23日

6月11日に、ベルギー最古の大学ルーヴェン・カトリック大学の付属研究機関KADOC(Documentation and Research Centre on Religion, Culture and Society)で開催されている「My Dream. Art in prison」展を見学しました。美しい古都ルーヴェンは、ブリュッセルから電車で約20分の近さです。展覧会は、アートワークショップを通じて受刑者の自尊心を育み、刑務所をケアセンターとして機能させることを目指して2000年に設立された非営利団地Art Without BarsとKADOCの共同企画によるもので、19世紀の犯罪学にさかのぼって刑務所の歴史と機能を分析する豊富な資料展示、アール・ブリュットとも関連が深い受刑者の作品、現代の受刑者と現代美術家のワークショップの成果展示、刑務所やその制度に言及した現代美術家の作品など、多様で見ごたえのある包括的な展示となっていました。

研究機関による入場無料の展覧会でしたが、キャプションなどの展示デザインもそれなりに洗練されており、手の込んだ展示になっていました。受刑者とのワークショップの成果物も、アーティストがきちんと関わっているため、作品としてのクオリティも担保されており、この種のワークショップ展示にありがちな鑑賞者の芸術的体験という側面を軽視したものにはなっていない点も好感が持てました。


6月19日に、ブリュッセルから電車で約40分の港湾都市アントワープに行き、市の中心部にある障害者のためのアトリエKunST+(クンスト・プリュス)の展覧会を見学してきました。KunST+は、クレアムの活動に刺激を受けたNathalie de Pessemierが中心となって、2011年1月に開設された知的な障害のある人が通う造形芸術のアトリエです。15年にわたって活動を続けてきましたが、残念ながら閉鎖されるということで、アトリエ全体を使った5日間だけの最後の展覧会が開催されていました。


アーティストと地域の有志によるボランティア組織が運営する非営利組織で、支出を最小限に抑えることによって、公的資金による補助を受けずに寄付や作品の売り上げだけで運営されてきました。通りを隔てた向かいのレストランが作品展示場になるなど、地域の人々が支援に関わっている様子がうかがえます。アトリエは繁華街の通りに面していて、ショウウィンドウからは中の様子がよく見えます。そのようにして、地域社会とのつながりを作ってきたようです。ボランティアも含めて福祉の専門家はおらず、芸術活動に関心のある人たちが運営を担ってきました。参加者の障害にフォーカスするのではなく芸術的才能に目を向けていたので、個人情報はほとんど入手せずに活動を続けてきたというお話が印象的でした。

大規模な都市開発で地域住民が少なくなり、ボランティア組織の高齢化に伴って若い世代に活動を引き継げなかったことがアトリエ閉鎖の大きな理由とのことです。公的な福祉事業所の活動の一部としてアトリエを運営するのではなく、純粋にアートにフォーカスして独立した活動を行うことの意義は大きいと思いますが、その一方でこのような問題も起こり得るということを知る機会となりました。KunstPlusの情報はインスタグラムから知ることができますが、アトリエが閉鎖されたため、アカウントが存続するかどうかは不明です。


アントワープでは、短時間ではありますが王立美術館も見学しました。メインの企画展はイギリスの彫刻家アンソニー・ゴームリーのヨーロッパでは最大規模の個展「Antony Gormley, Geestgrond(精神の地平)」でした。その他、ジェームズ・アンソールやリック・ワウテルスなどベルギー近代の巨匠に焦点を当てたコレクションによる企画展「Zingend rood(赤は歌う)」と、中世から現代までを網羅する大規模なコレクション展示を開催していました。コレクションの展示室でも、地元の若手のファッションデザイナーとのコラボレーションを行ったり、現代作家の大規模なインスタレーションを展示室内に設置したりと、単に名品を時代順に並べるのではなく、コレクションに新しい光を当ててその魅力を伝えることに力を入れていることがうかがえます。ルーベンスの大作の前に足場を組んで展示室で大掛かりな修復作業を公開していることも、作品の保護に対する意識を高める教育的な効果が大きいだろうと感心しました。



ベルギー便り 05~フランス日帰り2回、LaMとChristian Berst

2026年06月09日

6月4日にフランス北東部の都市リールに、5日にはパリに、2日連続で日帰りで行ってきました。ブリュッセルからリールは、ローカル線を乗り継ぐと1時間半、割高なユーロスターなら30分、パリはユーロスターで1時間半、ローカル線だと3時間以上かかります。

リール近郊のヴィルヌーヴ・ダスクには、アラシン・コレクションという著名なアール・ブリュットのコレクションを収蔵しているLille Métropole Musée d’art moderne, d’art contemporain et d’art brut(LaM)があります。パリのポンピドゥー・センターと共催で開催されている企画展「Kandinsky face aux images」の会期末が近づき、平日にも関わらず多くの観客で賑わっていました。カンディンスキーの展覧会では、画家がイメージソースとして用いた雑誌の写真や様々な素材が展示されていました。「青騎士」の機関誌のレイアウト見本など、興味深い資料が多く見応えがありました。

常設展示室はアール・ブリュットのために増築された新館部分があいにく閉鎖中でしたが、旧館の展示室では「Obsession」と題したコレクション展を開催していました。「近代美術、アール・ブリュット、現代美術の対話を通して、20世紀から21世紀にかけての反復、永続性、創造の力強さを探求する」という意図のもと、マッジ・ギルとルイーズ・ブルジョワが併置されるなど驚きの多い展示でした。

アール・ブリュット部門主任学芸員のサヴィーヌ・フォーパン氏ともお会いし、お話をお聞きしました。同館では、アール・ブリュットと近現代美術を併置した非常に興味深い企画展をこれまでいくつも開催してきましたが、常設展示室でアール・ブリュットとそれ以外のコレクションを展示したことは数えるほどしかないとのことでした。ポンピドゥー・センターにアール・ブリュットの作品がまとめて収蔵されたことは大きいが、フランスにおいてそれが一般的なことというよりは特殊なことで、まだほとんどの美術館はアール・ブリュットを収蔵することに関心を持っていないというのが現状のようです。

パリでは、アール・ブリュット専門のギャラリーとして25年以上の歴史を持つ画廊「Galerie Christian Berst」を訪問してベルスト氏にお話をお聞きしました。ギャラリーでは、キューバのアーティスト、ダミアン・バルデス・ディラの個展を開催中。木片やプラスチックや金属の廃材をつなぎ合わせて高層ビルや戦闘機などを思わせる彫刻を制作するアーティストとして有名ですが、展示されていたドローイングも興味深いものでした。彼が育ったバハマの都市が攻撃を受ける様子を俯瞰的に描いたものですが、襲来する戦闘機のほとんどが都市の攻撃により撃ち落されており、都市の建物に対する作家の思いが伝わります。そう思って建物の彫刻を見ると、レーダーや大砲を思わせる部分もあり、絵画との連続性が感じられます。

通りを隔てた向かい側のアネックスでは、やはりキューバのアーティスト、ラサロ・マルティネス・デュランの個展が開催されていました。旧式のテレビ受信機を紙で作り、その画面に当たる部分に雑誌や新聞のコラージュと線描でイメージを表現した作品からは、作家が関心を寄せるキューバの日常生活や政治的な社会状況が描き出されているように見えます。

ベルスト氏によると、顧客のほとんどはアール・ブリュットも現代美術も分け隔てはなく収集しているとのことで、それは25年前とは少し異なる状況だとのことです。アール・ブリュットのマーケットは相変わらず小さいもので、パリでアール・ブリュット専門のギャラリーはいまだにここだけだそうです。ポンピドゥー・センターにアール・ブリュットが収蔵されたことで、それを知った人は増えたが、それがそのまま急速な市場の拡大につながっているわけではないとのことです。とは言いながらも、ひっそりとした裏通りにあるギャラリーには来客が絶えることなく、決して関心が低いとは思えない様子でした。昨年のグランパレでのアール・ブリュット展もあって、新聞や雑誌もアール・ブリュットに注目するようになっており、対応しきれないくらい取材や原稿の依頼は増えているそうで、そのような普及活動も大切な仕事だととらえているとのことでした。こうしたベルスト氏らの取り組みが、やがて市場の拡大につながるのだろうと思います。