服部正 研究室 ウェブサイト

甲南大学文学部人間科学科に所属する服部正(美術史、芸術学)のウェブサイトです。
アウトサイダー・アート、アール・ブリュット、障がいのある人の創作活動などを研究領域として、調査研究、著述、展覧会の企画などを行っています。

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ベルギー便り 03~リエージュにて、Trinkhall MuseumとCréahmの展覧会

2026年05月09日

4月30日(木)にリエージュで見学した3つの展覧会について報告します。

ブリュッセルから電車で約1時間のリエージュに行った第一の目的は、障害のあるアーティストの作品を中心に展示する美術館Trinkhall Museumでの新しい展覧会のオープニングです。

地階の特別展示室では、「Ancrages(停泊地)」と題してDanièle LemaireとHélène Locogeの親子展が始まりました。ダニエール・ルメールはベルギー中西部の都市ラ・ルヴィエール(ベルギーを代表するサッカー選手エデン・アザールの出身地)にあるアトリエ・デュ・94で30年活動を続けた障害のあるアーティストで、彼女の母親のエレーヌ・ロコジュは1930年代のベルギーでのシュルレアリスムと抽象絵画の運動にも加わったベルギーの画家です。2人はダニエールが30歳の時まで共に暮らしていました。ダニエールの作品には、戦後に肖像画家として活躍した母の影響が見られるとされています。展覧会の解説文で館長のカール・アヴェランジュ氏は、エレーヌのような障害のある美術家を宇宙からやってきたかのように語ることを批判します。そのような捉え方は彼らを「ルーツ、歴史、文化から切り離し、空想上の異質性という枠に閉じ込め」てしまうからです。この展覧会をダニエールの個展にせずに親子展としたのは、そのような見方を否定し、母やその他の社会からの影響の中で彼女の作品を理解するためです。そこには、障害のあるアーティストを社会の「アウトサイダー」としてはとらえないというこの美術館の現在の姿勢が鮮明に表れています。

美術館の1階(日本でいう2階)は、同館のコレクションによる展覧会のスペースですが、その展示も同じタイミングでリニューアルされました。こちらのテーマは「Altérités(他者性)」で、オーストリアのヨーゼフ・ホファーやアメリカのダン・ミラーなどの著名作家の他、ベルギーを中心にヨーロッパ各地で活躍するアーティスト20名の作品が展示されており、そのほとんどは障害者のためのアトリエで制作活動を行っているアーティストです。展覧会にタイトルに「他者性」という言葉を用いることは、企画展での主張とは矛盾するようにもみえますが、ここでもアヴェランジュ氏は「他者性とは、制度的で状況的なものであり」、それは「アトリエの親密さの中で超越される」ものであるといいます。そして、人為的な他者性から解放される時、「他者性は私たちに共通して分かち持たれる一つの内面性」となるというのです。ここでも、障害のあるアーティストを外部の「他者」としないという姿勢は一貫しています


リエージュといえば、障害のある人の芸術に関わる人のなかには「クレアム(Créahm =Création et Handicap Mental)」の名前を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。ちょうどこの時期、ベルギーを代表するこの障害者のためのアトリエの作品が2ヶ所で展示されていましたので、それも見学してきました。

ひとつめは、市の中心部に近い画廊「Les Drapiers」での「Libre Botanique(自由な植物)」展です。クレアムで活動するアーティストの作品の中から、植物を描いた作品や植物と関係がある作品を選んだ展覧会です。この画廊がある地域は、かつて織物業が盛んで職人の工房が多く立ち並んでいたそうで、画廊の建物もそのうちのひとつを改装したものです。(そういえば、リエージュは古くから毛織物産業の中心地だったと世界史で学んだことを思い出しました)。間口は狭いのですが奥行きは広く、3つの建物に分かれた展示室には光が溢れ、親密な雰囲気で見応えがありました。場所柄、普段はテキスタイルの展覧会を中心に展示を行っているそうです。展示された作品は小品が中心で、多くは数百ユーロという比較的手頃な価格帯だったこともあって、その多くがすでに売約済となっていました。オープニングにはクレアムのアーティストたちも来て盛況だったとのことで、その様子はクレアムのfacebookの3月16日の投稿にアップされています。


もうひとつは、市の中心部からバスで40分ほど離れた郊外にある建築設計事務所UMAN Architect s.a.が会社の事務所の壁にクレアムの作品を展示し、それを予約制で一般公開するというものです。展示期間中の水・木・土曜日の終業時間近くの2時間半程度の枠の中で事前にウェブサイトで予約をして訪問します。私は連休前(5月1日はメーデーで祝日)の木曜日の16時に訪問しました。ちょうど社員の多くが帰宅する時間帯で、まだ残って仕事をしている人もちらほらいましたが、それを横目に約20点の作品を見せてもらいました。この会社の設計思想の中には、1970年代までは建築の中に普通にあった美術を現代の建築にも取り戻したいという思いがあるとのことで、それを体現するために、事務所自体でも年4回展覧会を企画しているそうです。普段は現代アートの作品を展示しているようですが、クレアムの作品も時々展示してきました。オープニングは多くの人でにぎわったそうですが、郊外のオフィスなので、普段はそれほど多くの訪問者があるわけではないようです。それでも、一般の人々に会社を開放することは自分たちにとっても刺激になって良いし、打ち合わせに来た訪問者にも好評とのことです。作品は大型のものも多く、300~800ユーロ程度の価格設定でしたが、やはり多くの作品がすでに売却済になっていました。社員が購入することもあるそうです。事務所の中なので写真は建物(このオフィスビルの1階に訪問した事務所があります)の外観だけをアップしますが、クレアムのfacebookの4月20日の投稿には展示の様子やオープニングに集まった人々の様子が掲載されています。

Trinkhall Museumのウェブサイトはこちら

Créahmのウェブサイトはこちら

Les Drapiersのウェブサイトはこちら

UMAN Architect s.a. のウェブサイトはこちら

5月17日のInternational Day Against Homophobia, Biphobia and Transphobia (IDAHOBIT)が近づくにつれて、町にはレインボー・フラッグが増えてきました。写真は、ブリュッセルのフォレスト地区にある現代美術センターWielsの前の交差点です。横断歩道が真新しくレインボーに塗り替えられていました。こんな大胆で目を引く啓発活動は、日本ではなかなか実現が難しそうです。