ベルギー便り 08~夏のフランス
2026年08月09日
しばらく更新が滞りました。調査旅行が続き、振り返りの時間が取れずにいました。すこしずつ報告していきます。7月16日~27日まで南仏を中心にフランスで調査を行いました。その中からいくつか紹介します。
フランス南西部ロット県にある人口約350人の小さな村Marminiacで、孤高の芸術家Jean-Marie Massouを称えるフェスティバルが7月18日に開催されました。彼は、村のはずれにある約2.5ヘクタールの森で、2020年に70歳で亡くなるまで、約40年にわたり地下道を掘り、大きな石を運び、石を刻んで地形そのものを変えていくとともに、歌や人類へのメッセージを録音し続けた独学の創作者です。

彼の死後、荒れていた彼の土地=作品を保全するために、彼の活動をリスペクトするアーティストや研究者たちが協会を作って1年に1度集まり、掃除や修復や研究を行っています。今回は私もそのスタッフに加えてもらいました。彼が掘った深い洞穴のいくつかに入ってみましたが、巨大な石を独力で運び、30メートル近い深さの巨大な穴を一人で掘り、深く長い地下道を縦横に掘り続けた、その想像を絶する仕事量にとにかく圧倒されました。

活動の最終日には、シンポジウムやコンサートや上映会、書籍の販売、飲食の屋台などによるイベントが開催され、近隣の住民やMassouに関心のある人たちが集まりました。深夜まで続いたイベントは、Massouに対する愛と敬意にあふれたとても暖かくて優しい空気に満ちていました。


マルセイユの近郊ロックヴェール市ポン=ド=レトワール地区にあるDanielle Jacquiの《絵を描く女の家》(La Maison de celle qui peint)を見学しました。1934年生まれの彼女が、1980年代から自身の住居そのものを長年かけて独学で装飾していったものです。建物の正面全体にびっしりと装飾が施され、おそらく公共のものと思われる家の前の花壇にも装飾が施されています。手製の陶芸をメインに、モザイク状の陶片、小石、既製品を貼り付けた華やかな装飾です。周囲の建物との相違が際立っており、「異彩を放つ」とはまさにこのことかと思わされました。

マルセイユ市の旧市街地中心部にある画廊Galerie Béatrice Souliéは、アール・サンギュリエ(art singulier)を専門とする画廊です。アール・サンギュリエは、フランスではよく耳にする概念で、アール・ブリュットよりはアウトサイダー・アートに近いものです。独学の作家、周縁的な作家、幻想・素朴・偏執といった表現を行う作家などを広く含み、美術教育を受けた作家も含まれますが、メインストリームの芸術表現とは距離があり、個人の好みに忠実に制作している作家たちというイメージです。オーナーのBéatrice Soulié氏は1992年にパリで画廊をオープンした長い歴史をもつギャラリストで、2021年にマルセイユに拠点を移したそうです。狭義のアール・ブリュットに限らず、独自の審美眼でアール・サンギュリエの作家を広く扱っています。作品だけでなく、船舶関連の道具を扱う店を改装した店内に据え付けられた大きくてカラフルな道具棚も圧巻でした。

モンペリエの繁華街から少し離れた静かな住宅地に、アウトサイダー・アートの個人コレクション「Musée d’Art Brut, Singulier et Autres」があります。この美術館は、古典的な手法による本の装丁家で画家でもあったFernand Michelの旧宅兼アトリエを基盤に、彼の没後に2人の子どもたちが少しずつ収集して整備した私立美術館です。約2000点を所蔵し、約800平米の館内と庭園で、歴史的アール・ブリュットから現代のアウトサイダー、フォークアート、幻想芸術まで約250作家を紹介しています。日本の澤田真一も2点含まれていた。個人コレクションらしく、それぞれの作家の代表作というような大きな作品は少ないですが、ヴェルフリやアロイーズのような古典的アール・ブリュットから、2012~2013年に兵庫県立美術館と広島市現代美術館で紹介されたルボシュ・プルニーのような人気の高い現代作家まで、著名な作家を網羅する優れた審美眼に驚かされます。日本の澤田真一さんの作品も2点含まれていました。

パリ14区の精神科病院内にあるLe Musée d’Art et d’Histoire de l’hôpital Sainte-Anne(サン=タンヌ病院美術・歴史博物館)では、「Chefs-d’œuvre. Au cœur de la Collection Sainte-Anne(傑作―サン=タンヌ・コレクションの核心)」と題する展覧会を開催していました。「収容施設と避難所の歴史」「風景と冒険の夢」「想像世界」「ブリュットと美」「親密さと生命」「象徴主義」の6つのテーマで、患者の作品、アール・ブリュットの歴史的作品、精神医療に関わった人物の作品などを属性にとらわれずに併置するものでした。同館は、19世紀から現代まで、精神科医療の環境で制作された作品を国内外から収集し、約1,800点の登録作品に加え、病院の造形活動から生まれた約7万点の研究資料を所蔵しています。

パリを代表する大規模な現代アートの展示施設Palais de Tokyoでは、「Normes Corps(身体の規範)」 をテーマに主に8つの作品展を開催しています。そのうち3つは、障害当事者による個展で、出品者はそれぞれ、1970年代末以降のカリフォルニア州バークレーで形成された障害者文化(いわゆる crip culture)を代表する詩人・パフォーマーのCheryl Marie Wad、出生時の髄膜炎に始まり小児白血病や成人期の癌など常に病気やそれに伴う副作用とともに生きてきたBenoît Piéron、聴覚障害のあるアメリカ人作家Joseph Grigelyです。その他にも、<社会が身体や精神を「正常/異常」「自立/依存」「健康/病気」と分類し、序列化する仕組みを問い直す>作家や作品がセレクトされ、障害以外にもジェンダーや権力、傷などをテーマにした展示も含まれています。それとは別に、障害とアートの関連年表が大きく貼り出されていたりして、美術館が「包摂」というテーマと正面から向き合い始めたことを強く感じさせる展示でした。



パリ6区のSèvres通りにあるFondation Dubuffetを訪問しました。同財団は、アール・ブリュットの発案者であるジャン・デュビュッフェ自身が1973年に設立し、1974年に公益財団として認可された機関で、彼の作品・資料を保存して研究や展覧会に活用し、著作人格権の管理、作品の真贋調査、カタログ・レゾネの編纂などを行っています。この建物は、デュビュッフェが1951年にアメリカの友人に自分のアール・ブリュット・コレクションを託した後、1962年にパリに戻した際にそれを収めていた建物です。日本で初めてアール・ブリュット・コレクションを本格的に紹介した東野芳明の1968年のテキスト「デュビュッフェ=この一点《マカダム氏》」(『美術手帖』1968年4月号)の中で、彼がデュビュッフェに案内されるのもこの建物です。

財団は、郊外のPérignyにももう一つの拠点を持っており、そちらでは大規模な環境的作品や彫刻を保存しています(こちらはアポイント制)。パリの財団で開催中の展覧会「Pulsions: Jean Dubuffet, les dernières années (1974-1985)」は、70歳を超えたデュビュッフェが人生で最も多くの絵画を制作したということを作品と資料からたどるものでした。会場で監視と解説を担当していたメディア担当の方とお話しさせていただきましたが、彼女によると、この前の時期のデュビュッフェは大きな建築プロジェクトにいくつも携わっていたため、結果的に絵画制作がほとんどできていなかったそうです。デュビュッフェは毎晩、その日に描いた作品を丁寧に記録しているため、完全なレゾネの制作が可能であり、財団は個人所蔵のものも含めてほぼすべての彼の作品の所在を把握しているとのこと。財団は政府の資金ではなく自前の資金で運営されており、現在も続いている建築プロジェクトや寄付、著作権使用料、貸出、一部の作品の販売などで運営をまかなっているとのことでした。