ベルギー便り 09~ハイデルベルク経由でスイスへ
2026年08月18日
8月2日~7日までドイツ経由でスイスに行きました。その中からいくつか紹介します。
ハイデルベルク大学に付属するMuseum Sammlung Prinzhornでは、美術館開館25周年を記念する展覧会「Alles Kunst?(すべて芸術なのか?)」を開催していました。Sammlung Prinzhorn(プリンツホルン・コレクション)は、1919~21年に精神科医で美術史家のハンス・プリンツホルンが収集した約5,000点の作品を核とするコレクションで、ヨーロッパを中心に世界各地の精神科病院で制作されたものです。シュルレアリスムをはじめ20世紀美術に大きな影響を与え、アウトサイダー・アートの概念の形成において重要な役割を果たしました。戦後しばらくは忘れられた存在でしたが、1960年代以降に再び注目を集め、2001年の美術館開館後は積極的な収集活動も行っており、現在の収蔵品は約4万点に及びます。

今回の展覧会では、「精神科という文脈で作られ、その多くがそもそも公衆に見せることを想定しておらず、あるいは「芸術作品」として制作されたわけでもないものを、美術館はいかに展示すべきなのか」というこの領域における大問題に向き合うものとなっています。1914年の写真だけが残されていたKatharina Detzelの等身大の人形を再制作し、Marie Liebが病室の床に布片などを配置して作った作品を写真資料に基づいて空間的なインスタレーションとして再構成したり、展覧会の導入として1920年代の展示で使用されていた紙作品の額装用マット紙(きちんと保管されている!)を展示したりするなど、「これまでの芸術作品としての展示方法は作品にふさわしかったのか、それとも新しい拡張された展示方法が必要なのか」を問いかける興味深い展示となっていました。


ハイデルベルクにはもうひとつ、アウトサイダー・アートや素朴派に特化した個人コレクションによる美術館Museum Haus Cajeth(カーイェット・ハウス美術館)もあります。収集家のEgon Hassbeckerが築いたコレクションをもとにしており、没後はパートナーのBarbara Schulz氏がその仕事を引き継いでいます。個人の審美眼が前面に現れたコレクションで、精神疾患の患者による作品など、アール・ブリュットに見られる極限的な精神状況における切迫した表現というよりは、より穏やかで明るい雰囲気の作品が中心となっています。開催中の企画展「Der Bildhauer und die Maler: Ingmar de Jongste trifft die Künstler aus Stetten」は、ドイツ南部のショルンドルフにあるDiakonie Stettenの創作工房の作品と彫刻家Ingmar de Jongsteの人物像を組み合わせた展示です。Stettenの創作工房は1966年に創立された非常に長い歴史のある工房とのことです。廊下を隔てた向かい側にはBarbara Schulz氏が運営する書店があり、そちらの壁にもStettenの作品が展示されていました。



スイスのベルン市郊外のヴァルダウ地区にあるベルン大学精神医療センター(UPZ Bern)に隣接するPsychiatrie-Museum Bernを訪問し、同館を運営するベルン精神医学博物館財団の理事長のProf. Dr. Hubert Steinke氏に話をお聞きしました。同館は、精神医学の歴史と精神疾患の患者による表現を収集、展示する施設で、アール・ブリュットの古典的巨匠Adolf Wölfliも同館のルーツとなっている精神科病院に入院していました(ただし、同館で展示されている家具にWölfliが装飾を施した作品の所蔵者はWölfli 財団とのこと)。コレクションの中核となるのは、Wölfliの直接の担当医でもあったWalter Morgenthalerが収集した約300人の患者による約5,000点に及ぶSammlung Morgenthalerです。その後も、近隣の精神科病院やデイセンターやアトリエで制作された作品を中心に収集を続けています。

同館は運営の過渡期で、古典的な精神医療史博物館から、地域に開かれた参加型の、包摂的な博物館への転換を目指して、様々な取り組みを始めています。スイス各地の精神科の疾患と関連するアトリエを順番に紹介していくプロジェクトにも取り組んでおり、現在はその第2弾として近隣のKunstwerkstatt Waldauで現在活動する作家たちの新作展が開催されていました。しかし、運営体制を実現するための資金は十分ではなく、積極的に寄付を募って資金確保に努めているとのことでした。Steinke博士には、点在する病院施設をつなぐ地下道の壁に描かれた作品も見学させていただきました。様々な時代に描かれた作品があるようですが、長大な廊下が縦横に続く空間は見応えがあり、モルゲンターラーのコレクションも含めて大きな魅力のあるリソースからは、この博物館の潜在的な可能性の大きさを感じました。


ローザンヌの西側のベッドタウンRenens(ルナン)市にある展覧会、ワークショップ、アーティスト・レジデンス、教育活動を組み合わせた複合的な文化施設La Ferme des Tilleuls(ラ・フェルム・デ・ティユル=菩提樹の農園)を訪問しました。スイス国鉄が所有する線路沿いの歴史的な農家建築を市が2008年に取得して修復し、2017年に文化施設として開館したものです。展覧会に加えて、コンサート、映画上映、講演、ワークショップ、レジデンス、参加型プロジェクトなどを積極的に行っています。歴史的に他地域からの移住者が多い地域で、文化による包摂や共生も大きな目的となっています。

同館を象徴する目玉作品は、屋外に展示された巨大な構造物《ORGANuGAMME II》です。もともと南フランス在住の独学の芸術家Danielle Jacquiが、近隣のAubagne市と共同で駅を装飾するプロジェクトとして制作を続けていた約4,000点の陶製の彫刻的パーツだったものですが、このプロジェクトが様々な事情によってとん挫した後、La Ferme des Tilleulsの開設準備委員だったアール・ブリュットの写真家Mario Del Curtoの仲介によって、すべての作品がJacquiからルナン市に寄贈されることになったものです。約36トンに及ぶ作品の南フランスからの輸送費はルナン市が負担し、総額の大部分を占める設置のための費用は財団の支援者の寄付と募金でまかなったとのことです。Jacquiは何度も現地に足を運び、当初は難色を示していた建築家との協働にも渋々合意し、Aubagneの駅で構想していた壁面レリーフとはまったく別の作品として3次元的に作品を展開して再構成しました。作品名にIIと付けられているのはそのためです。高さ約14m、幅・奥行きとも約10m規模の巨大な立体作品は、その中を歩いて回ったり、部分的には登って内側から鑑賞することもできます。オーバーニュ駅のプロジェクトが実現しないと分かった時、Jacquiは作品をすべて地中に埋めてしまいたいと言っていたそうですが、それがこの施設とルナン市の尽力によって救済され、このように生まれ変わって多くの人を引き付けているのは素晴らしいことだと思います。

ローザンヌには、アール・ブリュット専門の世界的な中心施設であるCollection de l’Art Brutがあります。アール・ブリュットの提唱者ジャン・デュビュッフェが収集した約5000点の作品を核に1976年に開館し、その後もコレクションの拡充とアール・ブリュットの研究・普及を続けてきた施設で、今年が開館50周年の節目に当たります。そのことを記念する企画展「Art Brut en Suisse. Des origines de la collection à aujourd’hui(スイスのアール・ブリュット:コレクションの起源から現在まで)」では、単にスイス人の作家を紹介するのではなく、Art Brutという概念とスイスの関係を歴史的にたどり直すものとなっています。1945年の最初の調査でデュビュッフェが出会ったAdolf WölfliやHeinrich Anton Müllerに始まり、デュビュッフェのその後の収集、開館後の初代館長Michel Thévoz、2001年からのLucienne Peiry、2013年以降のSarah Lombardiと、歴代館長の収集作品も展示し、スイス出身、あるいはスイスで制作活動を行った作家を通じて、「デュビュッフェのArt Brut」から「現在のCollection de l’Art Brut」へという50年間の変化をたどることができます。展覧会のエピローグとして50年間に開催してきた展覧会のポスターを一覧できるようにした展示があり、この美術館が果たしてきた歴史的な役割の大きさが実感されました。


