服部正 研究室 ウェブサイト

甲南大学文学部人間科学科に所属する服部正(美術史、芸術学)のウェブサイトです。
アウトサイダー・アート、アール・ブリュット、障がいのある人の創作活動などを研究領域として、調査研究、著述、展覧会の企画などを行っています。

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ベルギー便り 11~ベルギーでのスタディツアーと国際フォーラム

2026年09月29日

9月7日(月)~11日(金)の5日間、日本の研究者4人を招いてのスタディツアーと、所属しているブリュッセル自由大学での国際フォーラムを行いました。そちらに集中していて、調査も更新もしばらくお休みしていました。

全体の枠組みとしては、大阪公立大学の中川眞先生が代表を務めておられる科研費研究(基盤B)23K25290によるもので、一昨年に台北で、昨年にバンコクで開催したフォーラムの延長線上に位置します。この科研費研究自体が、今年度に私がベルギーに滞在することを前提に国際比較研究として構想されたものでした。いずれ詳しい報告書をまとめますので、ここでは簡単にご紹介します。(文中敬称略)

スタディツアー
日本からの研究者4人と有志で参加した大学院生4人とともに、ベルギー各地の障害のある人のためのアトリエや、障害のある人の作品の展示施設の見学会を行いました。それぞれ簡単に紹介します。

La “S” grand atelier
「ラ・エス」は、今やベルギーで最も国際的に注目されている障害者のためのアトリエです。ベルギー南部アルデンヌ地方の人口約7,500人の小さな町ヴィエルサルムの郊外にありますが、ベルギーを代表する支援アトリエのひとつです。かつての兵舎を転用した広い建物で、約40名の障害のあるアーティストが、絵画、版画、陶芸、映像、漫画、身体表現などの多様な創作活動に取り組んでいて、その活動を支援しているのは、すべてプロフェッショナルなアーティストです。早い時期からプロのアーティストを招いた滞在制作を積極的に行い、障害の有無を越えた共同制作を重視してきたことに特徴があります。一方で、ローザンヌのアール・ブリュット・コレクションの初代館長で、デュビュッフェのアール・ブリュットの後継者ともいえるMichel Thévozとも積極的に関わりをもち、彼の2025年の著書『L’Art Brut Ressourcé』では、現代のアール・ブリュットの最も注目すべき拠点として取り上げられ、アトリエ創設者Anne-Françoise Roucheへの長いインタビューも掲載されています。ちょうど9月11日から、パリのアル・サン・ピエールでこの著作のタイトルを冠した大規模な作品展も始まりました。数年後には、隣接する別の建物を取得してそこを美術館にする計画もあるとのことで、作品の選別とデータベース化を進めているとのことでした。

Abby Kortrijk+Wit.h
フランスとの国境に近い中規模都市コルトレイクを拠点として、障害のある人と現代美術家との協働によって美術の多様性とアクセシビリティの向上を目指す活動を展開している福祉団体Wit.hが、Abby Kortrijk Museumで企画した展覧会「Authorities」を見学し、団体の創設者Luc Vandierendonckにお話をお聞きしました。展覧会の会場では、出品作家でベルギーを代表する現代美術家のひとりHonoré d’Oが直々に作品解説をしてくださいました。Wit.hは、障害のある人の作品をアウトサイダー・アートやアール・ブリュットとして囲い込むのではなく、現代美術家との共同制作によって公共のスペースや公立美術館へと開いていくことを目指して、様々なアーティストや美術館、文化施設と協働して活動を繰り広げてきた興味深い団体です。彼らが2019年にヘントのMuseum Dr. Guislainで開催した展覧会「Bloedtest(血液検査)」については、以前にブログで紹介しました。今回の展覧会は、他者と対面することが極めて難しいGerard van Lankveldの作品世界に共感したHonoré d’Oが、van Lankveldの作品と記録映像に自身の作品を加えて展示室を構成するものでした。映像の焦点を意図的に壁からずらし、鑑賞者が白い紙を手で持って焦点を結ぶ場所を探すという展示方法を通じて、van Lankveldの創造力の世界が作品として実体を持つものにとどまらず、空気の中に漂うように世界に遍在しているということを伝えたかったのだとd’Oは説明してくれました。

Museum Dr. Guislain
ベルギー東部の中心都市でヤン・ファン・エイクの祭壇画でも有名な古都ヘントの郊外にあるMuseum Dr. Guislainを見学し、学芸員のYoon Hee Lamotにお話をお聞きしました。ベルギー便り07でも紹介しましたが、同館は、1857年に開設されたベルギー最古の精神科病院「Hospice Guislain」の一部を利用した精神医学の歴史と、精神医療・社会・芸術の関係を扱う博物館です。精神医療史を時系列で見せる展示を2018年に大幅に変更し、アートと医療を混合した展示を通じて、精神の病とはどういうことか、そのことと表現にどういう関係があるのかを考えさせるような展示を目指すようになったこと、ワークショップ活動や地域コミュニティとの共同の活動を通じて地域に開かれた場所を目指していること、現代美術家や音楽家などとの共同企画など多様な取り組みを通じてアール・ブリュットと現代美術、正常と異常といった境界の問い直しを行っていることなど、数々の興味深い活動の一部を知ることができました。

Créahmbxl
ブリュッセル中心部の南東に隣接する市街地イクセルにあるCréahmbxl(クレアム・ブリュッセル)を訪問し、ディレクターのSimon-Pierre Toussaintにアトリエの活動やアーティストについて解説していただきました。Créahmbxl は1983年にブリュッセルで設立された障害のある人のためのアトリエで、純粋にアート活動だけを行う場所として運営されています。参加している約120人の障害のある人はアーティストとして受け入れられており、13名のスタッフも福祉的な支援者・組織との連絡役となる1人を除いてすべてアーティストです。そのため、ここで活動するためには最初の段階で面接や体験期間を設けてその人の芸術的才能を見極め、アーティストとして活動していけると判断できた人だけがアトリエに参加できるそうです。絵画・彫刻・陶芸・デザインなどの視覚芸術だけでなく、演劇、ダンス、音楽など幅広い活動を行っています。1996年のフランス映画「八日目」で主役を演じ、カンヌ映画祭で男優賞を受賞したPascal Duquenneもこのアトリエに所属しています。世界各地に招かれて滞在制作などを行っており、音遊びの会やヘラルボニーなど、最近は日本の団体とのコラボレーションも行っています。

Art et Marges Musée
以前のブログでも紹介したブリュッセル中心部の南西側、マロール地区にあるアール・ブリュット/アウトサイダー・アートを専門とする美術館「アール・エ・マルジュ」を訪問しました。美術館として正式に開館したのは2009年ですが、母体となる組織は、国内の障害のある人のためのアトリエ、愛好者などをつなぐ場として1984年に設立され、1986年から期間を区切った展覧会を開催していました。ギャラリーやリサーチセンターに近い場所で、小さな空間でしたが、制度的な問題について議論し、作品を見て、販売も行う場だったとのことです。その後、2009年に美術館としての組織が整えられ、今では約4,500点のコレクションを有しています。その多くは、アトリエや作者からの寄贈だということで、作品を残したいアトリエや作家の受け皿になっていることが分かります。美術館の名称は、「アートと周縁」ですが、「周縁」が複数形になっていることがポイントで、中心と周縁を単純に対立させるのではなく、複数の周縁性を認めることで境界を問い直すという意図が表されています。そこでは、障害のある作家や独学の作家を現代美術から切り離すのではなく、異なる芸術実践のあいだの対話を促し、境界そのものを揺さぶることが重要な目的となっています。

Créahm Région Wallonne
リエージュにあるCréahm Région Wallonneは、ベルギーにおける障害のある人の芸術活動支援の先駆者Luc Boulangeが1979年に設立した先駆的な障害のある人のためのアトリエです。その後、Boulangeはブリュッセル、フランス、スイスなどに類似する施設をいくつも作りましたが、それぞれが地域の実状に合わせた独自の運営を行い、今ではお互いに独立した個別のアトリエとなっています。先に紹介したクレアム・ブリュッセルとも、名前は共有しているものの運営の方針や形態は大きく異なっています。リエージュのクレアムは、デイセンターも運営し、アート活動以外の活動(料理、スポーツ、乗馬など)も並行して行っています。それでも、設立当初から活動の中心に芸術活動が位置づけられており、美術の他に、演劇、音楽、デジタルアート、マルチメディア、パフォーマンスなども行っています。参加者は約70人ですが、毎日来ている人もいれば、週に1度だけ来る人もいるそうです。スタッフは約45人とのことです。参加しているアーティストの皆さんはとてもフレンドリーで、一緒に作品を見たり、記念撮影をしたりしながら和やかに視察を行うことができました。

Trinkhall Museum
以前のブログでも紹介したリエージュのTrinkhall Museumを訪問し、館長のCarl Havelangeにガイドツアーをしていただきました。Trinkhall Museumの建物のあった場所には、19世紀末にオリエンタリズム風の様式で建てられたTrinkhall(人々が集まり、飲み、社交する場所)があったそうです。第二次世界大戦後、その古い建物は取り壊され、同じような機能を持つモダニズム建築に置き換えられました。最初はレストラン、その後はダンスホールとして使われましたが、15年ほどで使われなくなりました。そして、廃墟となっていたこの建物にLuc Boulangeが注目し、1981年にクレアムの最初の作品展を開催し、そのままここをアトリエとして「占拠」しました。その後、この建物の使用が公的に認められ、1998年にはアトリエを別の場所に移して、この建物はクレアムが収集してきたコレクションを展示する美術館MADmuséeになりました。MADmuséeは、クレアムで制作された作品だけでなく、ベルギー各地、欧米各地のアトリエで制作された作品も収集・展示する美術館で、ヨーロッパにおいて障害のある人の作品を専門に展示する先駆的かつ代表的な美術館となりました。そして2017年から、元の建物を覆うようにもう一回り大きい構造を追加する拡張工事が始まり、2020年に名称をTrinkhall Museumに変更して再出発しました。この名称変更についてHavelange館長は、特定の芸術カテゴリーを想起させたり、作品の質や性格を定義したりする名前を避けたかったことと、この場所がもともと様々な階層の人々が集まり、飲み、時間を過ごす開かれた場所だったという歴史を思い起こさせるとともに、この美術館の未来がそのようなものであることを願ってこの名前を付けたのだそうです。

国際フォーラム
9月10日に、「On the Framing and Ethics of Exhibiting Works by Artists with Disabilities in Museums(美術館において障害のある作家の作品を展示する際の枠組みと倫理)」というテーマで、日本の研究者とベルギーの研究者による国際フォーラムを開催しました。詳しいプログラムはこちらをご覧ください。残念ながら、Lille Métropole Museum of Modern, Contemporary and Art BrutのSavine Faupinは当日の急な事情で参加できませんでしたが、13時から18時までベルギー各地やオランダから参加してくださった聴講者の方々とも一緒に充実した議論ができました。日本からは、今回集まった研究チームの問題意識や、渋谷公園通りギャラリーと京都のHAPSでの実践を共有し、ベルギーからはTrinkhall Museumの活動理念と、2022~24年に開催された「Art brut et bande dessinée(Lausanne)/Off-Comics(Ghent)」展について発表していただきました。また、このフォーラムのために準備したクレアム・ブリュッセルの4人のアーティストのインタビュー映像を上映し、障害のあるアーティスト自身がアトリエでの制作支援や展示についてどう考えているかを研究者や実践者との間で共有できたことも有意義な成果でした。フォーラム終了後も、大学に隣接するラ・カンブルの森の中にあるguinguette(ギャンゲット=ブリュッセルの公園や森に点在するカフェ兼ビアガーデン)で、日が暮れるまで情報交換やディスカッションの交流会が続きました。